DJテントン オフィシャルサイト

フローズン カクテル

♪ 今 オマエを この胸に抱きたくて・・・

もう一時間になるだろうか ・・・

ボクのクルマは 芝公園の下り坂で
ハザードを点滅させたまま黙っていた

サイドミラーには
いつもと違う赤い東京タワーが
時間限定で輝いている

春一番が吹き荒れた日の
三日後の夜の事だった



駐車場にクルマを入れるか、路駐にするか・・・
だっただろうか?

ホンのササイなコトから始まったケンカが 
やがて カノジョの声をナイフにした


「今夜は ここまでかな・・?」
ボクは 心の中でつぶやき
ギアーを ドライブに入れた


ボクは カーステレオのスイッチは無視して
ラジオのスイッチを選んだ

カノジョとの素適な夜の為に用意した曲を 
今夜はもぅ 聴きたくはなかった


ボク等の空気も読まずに
おちゃらけたDJが ウエザーレポートを読む

初夏の陽気をもたらした春の前線が去って
日本はまた真冬に逆戻りをしたことを
ユーモラスに伝えていた

「 千葉県・・・ 今夜は 南岸部でも雪がチラつくでしょう ・・・ 」


ボクのカラダは
最後のこのフレーズに弾かれ
クルマと一体になった

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ボクのクルマは 海の上を滑るように走り 
東京湾の真ん中で サブマリンになった

再び陸に上がると 景色は一変していた


どんよりとした雪雲の下
田舎臭い海沿いのつづら折りの道を
いくつもいくつも蛇行して 
ボクのクルマは 太平洋に突き出た半島を南下した


小さな漁村の漁り火を見下ろすホテルまでは
2時間と、かからなかった

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海の幸と 山の幸に迎えられても
カノジョの心は 閉じたままだった

「今夜は 寒いですね」

気のいい仲居さんの軽い挨拶も
今のボクには 同情にしか聞こえなかった




弾まない食事が片付けられた後
ボクは 嫌がるカノジョを
夜のドライブに連れ出した


目的地は 海からそびえ立つ
崖の上の灯台へ続く尾根

尾根伝いの並木には
明かりの無い夜目でも判るほど
桜がちらほら咲いていた

灯台の明かりが 決まった周期で
牙をむく波影を映し出す

それ以外は 海から吹き上げる風と 
波の砕ける音だけの暗闇だった

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寒波は 思ったより強かった

小さく震えるカノジョが
「帰ろう涙」と、言おうとした瞬間

雪が舞った


始めは 何か判らなかった

桜の花びらとも
砕け散った波が 風に乗って頬に当たったのかとも思えた


それが雪だと判った瞬間
カノジョはボクの胸の中にいた


カノジョは今までの沈黙の分だけ少し泣いて

それから

ボクの胸の中で 雪を見ていた

真っ暗な夜空から
突然 現れる雪の破片

もう寒くはなかった・・・



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冷え切ったカラダを湯船に沈めて
ホテルの浴衣に着替えたカノジョは
可愛いしぐさでボクに微笑んだ


ボクたちにも本当の夜がやってきた


今 ボクの傍らで
カノジョは小さな寝息を立てている

カノジョの iPhone(アイフォーン)からは
カノジョのお気に入りの曲が流れている


   ムード ゆきがとけ

    きみがあらわれ

    ぼくがあらわれ

    こころがとける ・・・


小さな海辺の ひとひらのなごり雪に
ボクたちは やすらかな夜を過ごすことができた


夜は あと少しだけボクたちを包んでくれそうだ


おやすみなさい

愛しい人 ・・・



                BGM 長谷川泰子「ゆき」

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DJテントン「フローズンカクテル」

♪ 今 オマエを この胸に抱きたくて・・・

《 DJテントンの出典情報 》

※ 今 オマエを この胸に抱きたくて・・・

   作詞・作曲:森友嵐士 のT-BOLAN の楽曲「離したくはない」の唄い出しです

※ 長谷川泰子

   やっこさんの愛称で親しまれている声楽家であり、大学講師であり、福祉活動家です

   2012年には、フランス~スペインの『プロジェクトなでしこ』コンサートツアーを成功に導いた声楽家です

   ライフワークとして、亡き母おつたさんの書かれた詩をメロディーに乗せて歌い広げ、
   おつたさんの温かさ、優しさをみなさんに伝えています

   『0歳児からのコンサート』から 『大人が酔いしれるコンサート』まで・・・
   日本国内だけでなくフランス、スペインの人々をも魅了した声楽家です

※ ゆき

   作詞: 石津ちひろ  作曲: 伊藤ひさ子

   ゆきは、理論社から発行されている詩集「ラブソング」の70ページ目に掲載されている詩です

   このショートストーリーでは、イメージとして詩の一部を抜粋して載せました
   ステキな詩と曲ですので、ぜひ全部を読み、お聴き下さい。

   長谷川泰子さんのCD「Yacco Yacco Yacco」の8曲目に入っています♪

※石津ちひろ

   早稲田大学仏文学科卒業
   3年間のフランス滞在を経て、創作絵本や詩、言葉遊びなど、
   様々な分野で活躍中。

   『なぞなぞのたび』(フレーベル館)で、1999年ボローニャ児童図書展絵本賞を受賞。
   『あした うちに ねこが くるの』(講談社)で、2001年日本絵本賞を受賞。
   『あしたのあたしはあたらしいあたし』(理論社)で、2003年三越左千夫少年詩賞を受賞。

   『リサとガスパール』シリーズなど翻訳作品も多い愛媛県生まれの作家です。

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